魔女の契約

第2話 魔女への階段2

間幕 ・ 兄と妹

「明日から剣術も授業に入れることになったから、
 マチにはドレスじゃなくて俺の服を着せるように」
「授業って……兄様が?」
「ほとんどの兵士共は遠征に行ってるし、他に誰がいるんだよ。
 ……それに、マチはフィルの騎士になるだろうしな」

クラリスの表情が驚きに変わる。

「フィル様の騎士契約は兄様とされるのではなかったの?」

アシュレイは自嘲気味に笑った。

「俺が一方的に言ってただけだよ」
「魔術契約と騎士契約を一人の人間とするなんて、聞いたことありませんわ」
「……何言ってんだクラリス、有名な二人がいるだろ」

クラリスは兄を一瞬睨みつけ、すぐに目をそらした。
このあたりの国民は彼らのことを話したがらない。
言葉にしてはいけないと教えられる。
それが。


「漆黒の魔女と風の騎士」

12 ・ フィル

昼食後の授業。
うたた寝というより寝入っているマチに声をかけた。

「ふぇ……あっ!ご、ごめん、なさいっ!」

やっと気がついた彼女があわてて謝る。

「いや、疲れてるなら今日はもう終わりにしようか?」
「だいじょうぶ!おきた!」
「……そうか」

毎日朝と昼2時間ずつの授業と、その後アシュレイとの剣術稽古。
そして夕食後は僕が出した宿題をこなしているはずだから、
彼女の自由な時間はほぼない。
それに着替えるのが面倒だからと、ずっと男装している。
さすがにカツラは外に出る時だけだが。
僕も男の格好していてくれると気持ちが楽なのは認める、けれど。

「アシュレイとの稽古の方が楽しそうだな……」

気が付いて口元を手で押さえるがすでに遅い。

「ごめん、今のは」
「わたしっ!」

マチが僕の言葉をさえぎって立ち上がった。

「わたしっ、フィルがすき!いちばん、すき!」

……少しの間、思考が停止した。
ああ、大丈夫わかってる。今のは言葉が足りないんだ。

「……マチ、それは少し違う。〈授業〉が抜けている」

動揺が悟られないように、あえてゆっくりと言葉にした。

13 ・ マチ

「アーシュとの稽古の方が好きなんだな……」

フィルがしまったという顔をして口元を手で押さえた。

「ごめん、今のは」
「わたしっ!」

私はフィルの言葉をさえぎって立ち上がった。

稽古が好きなのはもう仕方ない。
模造刀を振ってる時とかそりゃあもう、ものすごく夢中になってる。
学校での授業でもよく寝てしまってた。
でもそれは内容がよくわからないままにしているせいで。
フィルは私がわかるまで、根気よく教えてくれる。

「わたしっ、フィルのがたのしい!いちばん、たのしい!」

だからこうやってだんだん話せるようになってるんだ。

「……マチ、それは少し違う。〈授業〉が抜けている」
「じゅぎょう……?あ、フィルの、じゅぎょうがたのしい」
「……よろしい」

そしてフィルはその日、なぜか目を合わせてくれなかった。

14 ・ マチ

いつもの時間にフィルが来ないから、どうしたのかと思ったんだけど。

「仕事たまってて、今日は授業できないって」

彼の部屋に行くと、アーシュが楽しそうに教えてくれた。
奥にいるフィルを見ると、机の上に山積みになった本や書類に埋もれている。
目がすわってる……もしかして昨日の夜からずっと?

「フィル君お仕事頑張ってっ!」
「アーシュ……お前……」
「さーマチ、今日は一日中俺と稽古できるよー」

アーシュはフィルの言葉を無視して、私を部屋から押し出そうとするので、
私はあわてて声を上げた。

「あっフィル!おしごと、がんばってー!」
「    」

フィルが返事をしてくれたみたいだけど、
ドアが閉まってしまって上手く聞き取れなかった。

それから数日、フィルが部屋から出ることはなかった。


※マチにはアシュレイって言葉は全部アーシュって聞こえる(今のところ)

15 ・ フィル

早朝、まだ日も昇らない時間に目が覚めた。
数日振りにベッドで寝たんだ、もう少し寝ようと寝返りをうった時。
隣のマチの部屋からドアの閉まる音がした。
しばらくしても戻って来ない。

「……まさか迷ってる?」

先程までの眠気もふっ飛ぶ。
僕はベッドから飛び起きて、あわてて部屋を出た。

彼女はすぐに見つかった。
屋敷の外にある稽古場で、一人練習用の剣を振っていた。
マチも早く起きてしまって、手持無沙汰にでもなったのか。
本当に剣術が好きなんだな……とぼんやり彼女を見ていた。

「ルディは今日も頑張ってるねえ」
「え」

いつのまにか背後に人がいた。
振り返ると庭師らしい初老の男性。それにしても。

「……今日も、とは?」
「ああ、一月くらい前からかの。毎日この時間に一人で剣を振っとる」
「一月……」

ちょうどアシュレイが稽古場に案内した頃だ。

「頑張っとるなって言ったら」

〈兄の役に立ちたいから〉

「だとさ。兄っていうのはあんたかい?」
「そう……です」
「健気な弟を持ったもんだ」

彼は笑いながら僕の肩を軽く叩く。
僕は、何も答えられなかった。

16 ・ マチ

汗を拭いて一息つくまで、彼がいることに全く気が付かなかった。

「フィル……!おしごと、おわった?」
「ああ、なんとかな」

久しぶりに会えた気がして、うれしくなって駆け寄った。
疲れよりすっきりした感じが顔に出てる。
仕事あとに睡眠もとれたのかもしれない。よかった。

「毎朝一人で稽古してるんだってな」
「うん、ここにくるまえも、まいにち、れんしゅうしてた」
「……マチは…どうして強くなりたいんだ?」
「どうして……?」

日本にいた時は、道場や試合の空気が好きだった。
試合に負けたら悔しくて、勝ったらうれしかった。
でも、今は……。

「わたし……つよくなって、フィルまもりたい」

アーシュとの稽古も好きだし、一本取ったらやっぱりうれしいけど。
強くなったら以前のように、連れて行かれそうになっても戦える。
後ろに隠れてるだけじゃ、守られてるだけじゃない。

「フィルがわたしをまもる、おなじくらいまもりたい」
「マチ、君は……」

17 ・ フィル

「君は……もっと自分のことを考えていいんだ。もっと、自由にっ……」
「フィル?」

後半の声が震えてしまった。
マチが首を傾けて僕の顔を見る。

僕は君に言葉や生活習慣を教えられても、本当の意味で守ることは出来ない。
先生達の動きがないのは、アシュレイの家名のおかげ。
僕はただ日常から引き離してしまった罪悪感から逃げたくて、
君を元の世界に帰すことばかり考えてた。
君には自由に生きてほしいなんて、僕の我儘だ。
そう出来ない理由は自分が一番知っているはずなのに。

「……フィル」

マチが心配そうにうかがっている。

「おしごと、たいへん?……いやなこと、あった?」
「……ああ……少し、な」

マチが自分の手を拳にして胸につけた。
……騎士契約の誓い、だ。
これもアシュレイとの稽古の成果か。

「わたし、もっとべんきょうする。つよくなる」

彼女は言葉を止めて大きく息をした。

「このいのちかけて、あなたをまもると、ちかう」

彼女は何も知らない。
その感情がどこから来るものなのか、自分の力の偉大さも。
けれど僕は、少しだけ自分が許されたような気がして、
少女の小さな肩に頭を預けた。

18 ・ フィル

射抜いて傷口えぐりそうなくらいの視線を感じる。

「アシュレイ……言いたいことがあるなら言ってくれ」

今日はいつもの授業になぜかアシュレイもいた。

「フィル君さー……女性恐怖症、治ったの?」
「……は?」
「今朝見ちゃったんだよねえ、マチちゃんとハグし」
「してないっ!」

アシュレイが言い終わる前に否定した。
違う、断じて違う。
あれは……そう、信頼とか感謝とかそういうものだ。うん。

「だいたい、マチはまだ子供だろう」

僕が出来るだけ平静を装って言うと、彼は大げさにため息をついた。

「あのさー、マチちゃんが何歳か知ってる?」
「……そういえば聞いてないな」
「だろうねえ」

そう言ってアシュレイはマチに顔を向ける。

「マチ、君の年齢は?」

アシュレイは彼女が聞き取りやすいようにゆっくりと聞いた。
……なんとなく嫌な予感がする。

「ねんれい……えーっと、あとすこし、じゅうはち」

「……じゅうはち?18歳?」
「うん」

僕は笑顔で肯定するマチを見ながら、
マチの世界とこちらでは時の流れが違うんだと、必死で思いこもうとした。

19 ・ マチ

それはアーシュと一緒に稽古場に行くところだった。

「アーシュ様!」

鎧姿の人が駆け寄ってきて礼をする。

「どうした」
「それが……」

聞いてはいけない話だと判断して、私は少し離れた。
話が進むにつれ、アーシュの目が少し細くなる。

「……なんでもっと早く俺に言わないかな」
「も、申し訳ありません!」

こちらを向いたアーシュと目が合う。
彼の表情は戻っていた。

「ごめんマチ、今日は稽古できなくなっちゃった」
「う、うん」
「フィルと部屋にいるように」

フィルの部屋には誰もいなかった。
資料室らしい部屋にも、もちろん私の部屋にもいない。
……もしかして。
最近彼はアーシュと私の稽古を見に来ていた。
今日も稽古場にいるのかもしれない。
少し迷ったけれど、私はすぐに走りだした。