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間幕 ・ 兄と妹 「明日から剣術も授業に入れることになったから、 マチにはドレスじゃなくて俺の服を着せるように」 「授業って……兄様が?」 「ほとんどの兵士共は遠征に行ってるし、他に誰がいるんだよ。 ……それに、マチはフィルの騎士になるだろうしな」 クラリスの表情が驚きに変わる。 「フィル様の騎士契約は兄様とされるのではなかったの?」 アシュレイは自嘲気味に笑った。 「俺が一方的に言ってただけだよ」 「魔術契約と騎士契約を一人の人間とするなんて、聞いたことありませんわ」 「……何言ってんだクラリス、有名な二人がいるだろ」 クラリスは兄を一瞬睨みつけ、すぐに目をそらした。 このあたりの国民は彼らのことを話したがらない。 言葉にしてはいけないと教えられる。 それが。 「漆黒の魔女と風の騎士」 |
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12 ・ フィル 昼食後の授業。 うたた寝というより寝入っているマチに声をかけた。 「ふぇ……あっ!ご、ごめん、なさいっ!」 やっと気がついた彼女があわてて謝る。 「いや、疲れてるなら今日はもう終わりにしようか?」 「だいじょうぶ!おきた!」 「……そうか」 毎日朝と昼2時間ずつの授業と、その後アシュレイとの剣術稽古。 そして夕食後は僕が出した宿題をこなしているはずだから、 彼女の自由な時間はほぼない。 それに着替えるのが面倒だからと、ずっと男装している。 さすがにカツラは外に出る時だけだが。 僕も男の格好していてくれると気持ちが楽なのは認める、けれど。 「アシュレイとの稽古の方が楽しそうだな……」 気が付いて口元を手で押さえるがすでに遅い。 「ごめん、今のは」 「わたしっ!」 マチが僕の言葉をさえぎって立ち上がった。 「わたしっ、フィルがすき!いちばん、すき!」 ……少しの間、思考が停止した。 ああ、大丈夫わかってる。今のは言葉が足りないんだ。 「……マチ、それは少し違う。〈授業〉が抜けている」 動揺が悟られないように、あえてゆっくりと言葉にした。 |
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13 ・ マチ 「アーシュとの稽古の方が好きなんだな……」 フィルがしまったという顔をして口元を手で押さえた。 「ごめん、今のは」 「わたしっ!」 私はフィルの言葉をさえぎって立ち上がった。 稽古が好きなのはもう仕方ない。 模造刀を振ってる時とかそりゃあもう、ものすごく夢中になってる。 学校での授業でもよく寝てしまってた。 でもそれは内容がよくわからないままにしているせいで。 フィルは私がわかるまで、根気よく教えてくれる。 「わたしっ、フィルのがたのしい!いちばん、たのしい!」 だからこうやってだんだん話せるようになってるんだ。 「……マチ、それは少し違う。〈授業〉が抜けている」 「じゅぎょう……?あ、フィルの、じゅぎょうがたのしい」 「……よろしい」 そしてフィルはその日、なぜか目を合わせてくれなかった。 |
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14 ・ マチ いつもの時間にフィルが来ないから、どうしたのかと思ったんだけど。 「仕事たまってて、今日は授業できないって」 彼の部屋に行くと、アーシュが楽しそうに教えてくれた。 奥にいるフィルを見ると、机の上に山積みになった本や書類に埋もれている。 目がすわってる……もしかして昨日の夜からずっと? 「フィル君お仕事頑張ってっ!」 「アーシュ……お前……」 「さーマチ、今日は一日中俺と稽古できるよー」 アーシュはフィルの言葉を無視して、私を部屋から押し出そうとするので、 私はあわてて声を上げた。 「あっフィル!おしごと、がんばってー!」 「 」 フィルが返事をしてくれたみたいだけど、 ドアが閉まってしまって上手く聞き取れなかった。 それから数日、フィルが部屋から出ることはなかった。 ※マチにはアシュレイって言葉は全部アーシュって聞こえる(今のところ) |
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15 ・ フィル 早朝、まだ日も昇らない時間に目が覚めた。 数日振りにベッドで寝たんだ、もう少し寝ようと寝返りをうった時。 隣のマチの部屋からドアの閉まる音がした。 しばらくしても戻って来ない。 「……まさか迷ってる?」 先程までの眠気もふっ飛ぶ。 僕はベッドから飛び起きて、あわてて部屋を出た。 彼女はすぐに見つかった。 屋敷の外にある稽古場で、一人練習用の剣を振っていた。 マチも早く起きてしまって、手持無沙汰にでもなったのか。 本当に剣術が好きなんだな……とぼんやり彼女を見ていた。 「ルディは今日も頑張ってるねえ」 「え」 いつのまにか背後に人がいた。 振り返ると庭師らしい初老の男性。それにしても。 「……今日も、とは?」 「ああ、一月くらい前からかの。毎日この時間に一人で剣を振っとる」 「一月……」 ちょうどアシュレイが稽古場に案内した頃だ。 「頑張っとるなって言ったら」 〈兄の役に立ちたいから〉 「だとさ。兄っていうのはあんたかい?」 「そう……です」 「健気な弟を持ったもんだ」 彼は笑いながら僕の肩を軽く叩く。 僕は、何も答えられなかった。 |
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16 ・ マチ 汗を拭いて一息つくまで、彼がいることに全く気が付かなかった。 「フィル……!おしごと、おわった?」 「ああ、なんとかな」 久しぶりに会えた気がして、うれしくなって駆け寄った。 疲れよりすっきりした感じが顔に出てる。 仕事あとに睡眠もとれたのかもしれない。よかった。 「毎朝一人で稽古してるんだってな」 「うん、ここにくるまえも、まいにち、れんしゅうしてた」 「……マチは…どうして強くなりたいんだ?」 「どうして……?」 日本にいた時は、道場や試合の空気が好きだった。 試合に負けたら悔しくて、勝ったらうれしかった。 でも、今は……。 「わたし……つよくなって、フィルまもりたい」 アーシュとの稽古も好きだし、一本取ったらやっぱりうれしいけど。 強くなったら以前のように、連れて行かれそうになっても戦える。 後ろに隠れてるだけじゃ、守られてるだけじゃない。 「フィルがわたしをまもる、おなじくらいまもりたい」 「マチ、君は……」 |
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17 ・ フィル 「君は……もっと自分のことを考えていいんだ。もっと、自由にっ……」 「フィル?」 後半の声が震えてしまった。 マチが首を傾けて僕の顔を見る。 僕は君に言葉や生活習慣を教えられても、本当の意味で守ることは出来ない。 先生達の動きがないのは、アシュレイの家名のおかげ。 僕はただ日常から引き離してしまった罪悪感から逃げたくて、 君を元の世界に帰すことばかり考えてた。 君には自由に生きてほしいなんて、僕の我儘だ。 そう出来ない理由は自分が一番知っているはずなのに。 「……フィル」 マチが心配そうにうかがっている。 「おしごと、たいへん?……いやなこと、あった?」 「……ああ……少し、な」 マチが自分の手を拳にして胸につけた。 ……騎士契約の誓い、だ。 これもアシュレイとの稽古の成果か。 「わたし、もっとべんきょうする。つよくなる」 彼女は言葉を止めて大きく息をした。 「このいのちかけて、あなたをまもると、ちかう」 彼女は何も知らない。 その感情がどこから来るものなのか、自分の力の偉大さも。 けれど僕は、少しだけ自分が許されたような気がして、 少女の小さな肩に頭を預けた。 |
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18 ・ フィル 射抜いて傷口えぐりそうなくらいの視線を感じる。 「アシュレイ……言いたいことがあるなら言ってくれ」 今日はいつもの授業になぜかアシュレイもいた。 「フィル君さー……女性恐怖症、治ったの?」 「……は?」 「今朝見ちゃったんだよねえ、マチちゃんとハグし」 「してないっ!」 アシュレイが言い終わる前に否定した。 違う、断じて違う。 あれは……そう、信頼とか感謝とかそういうものだ。うん。 「だいたい、マチはまだ子供だろう」 僕が出来るだけ平静を装って言うと、彼は大げさにため息をついた。 「あのさー、マチちゃんが何歳か知ってる?」 「……そういえば聞いてないな」 「だろうねえ」 そう言ってアシュレイはマチに顔を向ける。 「マチ、君の年齢は?」 アシュレイは彼女が聞き取りやすいようにゆっくりと聞いた。 ……なんとなく嫌な予感がする。 「ねんれい……えーっと、あとすこし、じゅうはち」 「……じゅうはち?18歳?」 「うん」 僕は笑顔で肯定するマチを見ながら、 マチの世界とこちらでは時の流れが違うんだと、必死で思いこもうとした。 |
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19 ・ マチ それはアーシュと一緒に稽古場に行くところだった。 「アーシュ様!」 鎧姿の人が駆け寄ってきて礼をする。 「どうした」 「それが……」 聞いてはいけない話だと判断して、私は少し離れた。 話が進むにつれ、アーシュの目が少し細くなる。 「……なんでもっと早く俺に言わないかな」 「も、申し訳ありません!」 こちらを向いたアーシュと目が合う。 彼の表情は戻っていた。 「ごめんマチ、今日は稽古できなくなっちゃった」 「う、うん」 「フィルと部屋にいるように」 フィルの部屋には誰もいなかった。 資料室らしい部屋にも、もちろん私の部屋にもいない。 ……もしかして。 最近彼はアーシュと私の稽古を見に来ていた。 今日も稽古場にいるのかもしれない。 少し迷ったけれど、私はすぐに走りだした。 |