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20 ・ マチ 稽古場近くになると、たくさんの話声が聞こえた。 話声っていうより……ケンカ? こっそり広場を覗くとそこには人があふれていた。 「だーから、魔術師サマがこんなところで何してるんだって聞いてんだよ」 声の大きい男の人がいる。 その男が話しかけている人は、フィルだった。 「アーシュが稽古するのを見に来ただけだ。彼も来ないようだし帰るよ」 フィルがこちらに向かって歩き出そうとすると、その男が襟をつかんだ。 「稽古は見るもんじゃないぜ、稽古はするもんだ!」 言い終わらないうちに拳をフィルの腹に突き立てた。 「ぐっ……」 「魔術師サマも身体鍛えた方がいいんじゃねえの」 まわりの人達がどっと笑った。 男がうずくまるフィルに手をのばすのが見える。 その手が彼に届く前に、私は目の前の男に模造刀を突きつけた。 |
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21 ・ マチ 「なんだ、このガキ」 「マ……ルディ、やめなさい」 私はフィルの言葉に答えない。 これはあの朝連の後にした彼との約束でもあった。 フィル達以外の人がいる場では話してはいけない、と。 私がフィルの弟ではないとわかってしまうから。 だから言葉を交わしたりしない、でも剣は下げない。 「ルディ、僕は大丈夫だから。剣を下ろしなさい」 フィルがゆっくりと立ち上がって、私の肩をつかんだ。 鎧姿の男がフィルと私を見比べている。 「なんだ、魔術師サマの弟かなんかか?兄貴と違って威勢だけはいいな」 男は自分に突きつけられた模造刀をつかんだ。 あいている左手を肩の位置に上げる。 「オレにもブツ寄こせ!あと兄貴は動けないように捕まえとけ」 「……!」 模造刀を受け取り、私の頭上でにやりと笑った。 「兄貴のかわりに稽古つけてやるよ」 |
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22 ・ マチ ……許さない許さない許さない。 この人は、私の……を傷つけた……! 私はすでに怒りでまわりが見えなくなっていた。 これは私の悪いところ。 夏の大会で嫌というほど後悔したのに押さえきれない。 男が強いことはすぐにわかったけれど、もう後には引けなかった。 アーシュとの稽古で強くなったと過信していたのかもしれない。 でもこれほどの激しい怒りを感じたのははじめてだった。 「甘い」 自分の感情に振り回されはじめていた私に、風を切る音と共に模造刀がかすめた。 頬がヒリヒリしはじめたとき、私の頭上から何かがずるりと落ちた。 |
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23 ・ フィル 「……漆黒の、魔女」 男がつぶやいた言葉に反応して、辺りが騒然となった。 黒髪の少女は僕に後ろをむいたまま、立ちつくしている。 「……魔術師の親玉がなんでここにいるんだよ……!」 男が模造刀を捨て、腰にぶら下げていた剣に手をかけた。 僕はゆるんだ拘束を振りほどき、少女にむかって走り出す。 迷ってる時間はない! 自分が知るうえで詠唱が一番短い魔術。 マチを胸に抱き、術を発動させた。 男と男の剣が巻き起こった風で吹き飛ばされた。 地面で仰向けになった男がうめいている。 ……本当は魔術で人を傷つけたくはなかった。 「お前らぁ!なにやっとるんだ!」 騒ぎを聞きつけたのか管理官達がやってくるのが見えた。 |
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24 ・ フィル 「ウェンザール家専属、第二級魔術師とその契約者に手ぇ出すとはなぁ。 ……シーク、お前3カ月給料ナシな」 「げ……ぼっちゃん」 いつの間にかアシュレイがシークと呼んだ男の隣に立っていた。 口元は笑ってるが目が笑ってない。今のアシュレイは近寄らない方がいいな。 「……ん、なさ……」 腕に抱いたままだったマチから弱々しい声がした。 「ごめん、なさい、ごめんなさ……」 震えながら何度も謝っている。 僕は彼女のふわふわした髪をなでた。 「君のせいじゃない。君は僕を助けてくれたんだ。ありがとう」 「うー……」 我慢できなくなったのか、抱きついたまま泣きだした。 ……一人で泣かれるよりずっといい。 僕は彼女が泣きやむまでずっと髪をなで続けた。 |
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25 ・ マチ 「君のせいじゃない。君は僕を助けてくれたんだ。ありがとう」 ……ちがう。ちがうの。 最初はもちろん、フィルを助けるためだった。でも。 剣を交えた瞬間……もうフィルのことが頭から消えてたの。 怒りでまわりが見えなくなって、どんどん戦うことに夢中になって。 「守る」って誓ったのに、その言葉すら私の中からなくなっていた。 ……怖い。 『……ち…がう……』 あんなの。 『……「私」じゃ、ない……』 |
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間幕 ・ 妹 稽古場を見下ろす位置にある、とある一室。 赤毛の少女と他に屋敷では見たことのない人物がいる。 「クラリス様。ご覧になりました通りです」 「……」 「あの魔術師の力は以前見たことがあると、おっしゃっていましたね。 ……いかがでしたか?」 「……それ、は」 数年前、クラリスがフィルにねだって見せてもらった魔術。 それは本当にただ少し強い風が生まれる程度のものだった。 彼はそれが自分の使える最上のものだと言っていた。 けれど今見た彼の風は。 「あれが……魔女の力……」 「いいえ、おそらくさらに秘めた力が眠っているでしょう」 「そんな……!」 クラリスは黒髪の少女を眼下に見た。 これ以上、わたくしからなにを奪うというの。 あの子がいなくても、手に入らないものだとわかっている。 でも、それでも。 ……そうよ。 「あんなおそろしいもの、我がウェンザール家には必要ありませんわ」 クラリスの後ろで黙礼していた人物が薄く笑ったことなど、 彼女はまったく気付かなかった。 |