魔女の契約

第2話 魔女への階段3

20 ・ マチ

稽古場近くになると、たくさんの話声が聞こえた。
話声っていうより……ケンカ?
こっそり広場を覗くとそこには人があふれていた。

「だーから、魔術師サマがこんなところで何してるんだって聞いてんだよ」

声の大きい男の人がいる。
その男が話しかけている人は、フィルだった。

「アーシュが稽古するのを見に来ただけだ。彼も来ないようだし帰るよ」

フィルがこちらに向かって歩き出そうとすると、その男が襟をつかんだ。

「稽古は見るもんじゃないぜ、稽古はするもんだ!」

言い終わらないうちに拳をフィルの腹に突き立てた。

「ぐっ……」
「魔術師サマも身体鍛えた方がいいんじゃねえの」

まわりの人達がどっと笑った。
男がうずくまるフィルに手をのばすのが見える。
その手が彼に届く前に、私は目の前の男に模造刀を突きつけた。

21 ・ マチ

「なんだ、このガキ」
「マ……ルディ、やめなさい」

私はフィルの言葉に答えない。
これはあの朝連の後にした彼との約束でもあった。
フィル達以外の人がいる場では話してはいけない、と。
私がフィルの弟ではないとわかってしまうから。
だから言葉を交わしたりしない、でも剣は下げない。

「ルディ、僕は大丈夫だから。剣を下ろしなさい」

フィルがゆっくりと立ち上がって、私の肩をつかんだ。
鎧姿の男がフィルと私を見比べている。

「なんだ、魔術師サマの弟かなんかか?兄貴と違って威勢だけはいいな」

男は自分に突きつけられた模造刀をつかんだ。
あいている左手を肩の位置に上げる。

「オレにもブツ寄こせ!あと兄貴は動けないように捕まえとけ」
「……!」

模造刀を受け取り、私の頭上でにやりと笑った。

「兄貴のかわりに稽古つけてやるよ」

22 ・ マチ

……許さない許さない許さない。
この人は、私の……を傷つけた……!

私はすでに怒りでまわりが見えなくなっていた。
これは私の悪いところ。
夏の大会で嫌というほど後悔したのに押さえきれない。
男が強いことはすぐにわかったけれど、もう後には引けなかった。
アーシュとの稽古で強くなったと過信していたのかもしれない。
でもこれほどの激しい怒りを感じたのははじめてだった。

「甘い」

自分の感情に振り回されはじめていた私に、風を切る音と共に模造刀がかすめた。
頬がヒリヒリしはじめたとき、私の頭上から何かがずるりと落ちた。

23 ・ フィル

「……漆黒の、魔女」

男がつぶやいた言葉に反応して、辺りが騒然となった。
黒髪の少女は僕に後ろをむいたまま、立ちつくしている。

「……魔術師の親玉がなんでここにいるんだよ……!」

男が模造刀を捨て、腰にぶら下げていた剣に手をかけた。
僕はゆるんだ拘束を振りほどき、少女にむかって走り出す。
迷ってる時間はない!
自分が知るうえで詠唱が一番短い魔術。
マチを胸に抱き、術を発動させた。
男と男の剣が巻き起こった風で吹き飛ばされた。
地面で仰向けになった男がうめいている。
……本当は魔術で人を傷つけたくはなかった。

「お前らぁ!なにやっとるんだ!」

騒ぎを聞きつけたのか管理官達がやってくるのが見えた。

24 ・ フィル

「ウェンザール家専属、第二級魔術師とその契約者に手ぇ出すとはなぁ。
 ……シーク、お前3カ月給料ナシな」
「げ……ぼっちゃん」

いつの間にかアシュレイがシークと呼んだ男の隣に立っていた。
口元は笑ってるが目が笑ってない。今のアシュレイは近寄らない方がいいな。

「……ん、なさ……」

腕に抱いたままだったマチから弱々しい声がした。

「ごめん、なさい、ごめんなさ……」

震えながら何度も謝っている。
僕は彼女のふわふわした髪をなでた。

「君のせいじゃない。君は僕を助けてくれたんだ。ありがとう」
「うー……」

我慢できなくなったのか、抱きついたまま泣きだした。
……一人で泣かれるよりずっといい。
僕は彼女が泣きやむまでずっと髪をなで続けた。

25 ・ マチ

「君のせいじゃない。君は僕を助けてくれたんだ。ありがとう」

……ちがう。ちがうの。

最初はもちろん、フィルを助けるためだった。でも。
剣を交えた瞬間……もうフィルのことが頭から消えてたの。
怒りでまわりが見えなくなって、どんどん戦うことに夢中になって。
「守る」って誓ったのに、その言葉すら私の中からなくなっていた。
……怖い。

『……ち…がう……』

あんなの。


『……「私」じゃ、ない……』


間幕 ・ 妹

稽古場を見下ろす位置にある、とある一室。
赤毛の少女と他に屋敷では見たことのない人物がいる。

「クラリス様。ご覧になりました通りです」
「……」
「あの魔術師の力は以前見たことがあると、おっしゃっていましたね。
 ……いかがでしたか?」
「……それ、は」

数年前、クラリスがフィルにねだって見せてもらった魔術。
それは本当にただ少し強い風が生まれる程度のものだった。
彼はそれが自分の使える最上のものだと言っていた。
けれど今見た彼の風は。

「あれが……魔女の力……」
「いいえ、おそらくさらに秘めた力が眠っているでしょう」
「そんな……!」

クラリスは黒髪の少女を眼下に見た。
これ以上、わたくしからなにを奪うというの。
あの子がいなくても、手に入らないものだとわかっている。
でも、それでも。
……そうよ。

「あんなおそろしいもの、我がウェンザール家には必要ありませんわ」

クラリスの後ろで黙礼していた人物が薄く笑ったことなど、
彼女はまったく気付かなかった。