魔女の契約

第2話 魔女への階段1

マチとフィル、それぞれの視点を名前表記してます。
ここから『 』が日本語、「 」が異世界語になります。


1 ・ マチ

「はじめまして、クラリスと申します」

アーシュと同じ赤い髪の美少女が優雅に微笑んだ。
二人の様子からして兄妹なんだと思う。

「この子がマチだよ」
『真知です。よろしくお願いします』

あいさつをして勢いよく頭を下げた。
言葉は通じないけど、やっぱり礼は大事だ。

「わたくしがマチさんに日常生活についてお教えする、
 ということでよろしいのかしら?」
「ああ、よろしくな。女の子同士の方がいいだろうし」
「……よろ、しく、たのみ、ます」

今まで黙っていたフィルが、まるで機械音声のようにとぎれとぎれに声を出した。

「まあ!フィル様がわたくしにお願いして下さるなんて!
 フィル様の為ですもの。出来る限りのことをさせていただきますわ!」
「あ、ありがとう、ございます……」

クラリスが一歩近付くと、フィルが一歩遠ざかる。
じりじりと、長い廊下の上をエンドレス。

この国のあいさつなのかな…?
二人が遠ざかって行くのをぼんやりと見ていた。

※マチにはアシュレイがアーシュに聞こえてます。

2 ・ マチ

広い部屋に通された。
テーブルセット、チェストに天慨付きのベッド。
見るからに高級そうな家具が並んでいた。

身振り手振りで察するに、フィルはここで待っているようにと言っていたんだと思う。
だから今、私以外誰もいない。

スポーツバッグから携帯を取り出す。
予想通り圏外。
ここがどこなのか、どうやって帰ればいいのか。
どうしていいのかわからない。

『お父さん…お母さん…お兄ちゃん……』

きっと心配してるだろうな。
きっと携帯に何度も電話してくれてる。
携帯の画面にぽたりと雫が落ちた。

私はその場にうずくまり、ここに来て初めて泣いた。

3 ・ フィル

部屋に入ると、窓の近くで彼女が倒れていた。
あわてて近付くと、どうやら眠っているようだ。
ほっとしたのもつかの間、よく見ると目尻から頬に濡れたあとがある。

「泣き疲れて眠ったのか……」

当然だ。
突然言葉も通じないところに呼び出されて、気味の悪い目にあったのだから。
まだ子供だというのに。
なのに僕は家族の為と、売ろうとした。

涙の跡を指でぬぐう。


「……ごめん」

4 ・ マチ

……あれ?

不安で、怖くて、さみしくて、胸が苦しくてたまらなかったのに。
頬にあたたかいものが触れたとたん、それらが全部吹き飛んだ。
一番最初、彼の手を取った時に似てる。
大丈夫だよって言ってくれてるみたい。

あとはふわりと漂う浮遊感。


安心感と心地良さに誘われるまま、私はさらに深い眠りに落ちた。

5 ・ フィル

「マチちゃんどうしたの?」

静かにマチの部屋から出ると、アシュレイが待っていた。

「……寝ていた」
「そっか…緊張と疲れで限界だったんだねえ」

「……でさ。マチちゃんを守るんなら、
 とっとと『契約』しちゃった方がいいんじゃないの?」

そう、まだ彼女と僕は仮契約。
だから先生に契約の上書きをされそうになった。
だけど。

「契約したら彼女はもう帰れない」

術者と離れても、術者が死んでも彼女は生きていけない。

「そうだけどさあ…」
「マチが言葉を理解して、自分の立場を認識出来たら
 契約するのか彼女自身に決めてもらおうと思う」
「……彼女が『帰りたい』って言ったら?」
「それまでに、帰す方法を探す」

僕を見て、やれやれとアシュレイは息を吐いた。

6 ・ マチ

扉をあけるとフィル達が驚いた顔で見ていた。

……はずかしい。
クラリスとメイドさんがあれやこれやと着せてくれたんだけど。
普段制服以外のスカートなんて着ない。
ましてやこんなヒラヒラした服、持ってない。

「かわいいじゃん!」
「でしょう?ドレスもきちんと保管しておいてよかったわ」

アーシュとクラリスが楽しそうに笑ってる。
変じゃないってことだよ、ね…?
アーシュが隣で呆然としていたフィルの背中を叩く。

「おいおいフィル、どうした。見惚れたか?」
「……あーいや、そういえば女の子だったな、と」

なぜかアーシュはフィルのおなかに拳を入れた。

7 ・ マチ

フィルが私に言葉を教えてくれることになった。
子供向けの絵本が教科書代わり。
持ってきていたノートに、文字とふり仮名を書いていく。
そうそう、最初フィルはボールペンとかに興味津津だった。

「これは…!中にインクが入っているのか?玉が回転して……材質は…?」

結局はこちらの国の筆記用具を使うことになった。

「マチ、これ読めるか?」

絵本を声に出して読んでいた私は顔を上げた。
フィルの手には紙。そこには。

『これって……!』

こちらの言葉の隣に、いびつながらもひら仮名が書かれていた。

「はな、き、ちょう…ちょう、そぉら」
「……間違いはなさそうだな」

私のたどたどしい言葉を聞きながら頷く。

『もしかして私が書いてるの見て覚えたの?すごいすごい!』

まだふり仮名書きも3日目なのに!

「えーと……もしかして褒めてるのか?なら」

すごいすごいと興奮気味な私に、
フィルはこちらの国の褒め言葉を教えてくれた。

8 ・ フィル

「やあやあ、勉強はどうだねー?」

ノックの返事をする前に賑やかな男が部屋に入ってきた。

「あ、アーシュ!これ みる!」

マチはアシュレイに向かって、先程の紙をつき出した。

「ん、なになに?」
「僕がマチの母国語で書いてみたんだ」
「へえ…よくやるなぁ」

アシュレイが呆れたように笑うと、マチも笑った。

「フィル、すごーい!てんさい!よくできました!」

笑顔のまま固まったアシュレイがゆっくりとこちらを見た。

「……なに教えてんの」
「なにって……当然だろう。弟達にも最初に教えてたぞ」
「マチちゃん!それ覚えなくていいから!」
「???」

褒める言葉を教えれば、自分が褒められてるのがわかる。
褒められれば、やる気が出る……と思ったんだが、まあいい。

今でもアシュレイは、マチが遠い異国の子供だと思っている。
けれど、彼女はおそらくここではない異世界の人間だろう。

……マチの母国語は、昔見たある本の文字によく似ていたから。

9 ・ マチ

「今日は屋敷を案内するからこれ着て?」

こちらに来て2週間程たったある日。
いつもだったら授業が始まる時間にフィルとアーシュが部屋に来た。
アーシュの手には男性用の服と……茶色のカツラ?

「こうして見るとルディにそっくりだ」

そう笑ってフィルがカツラの上から私の頭をなでた。
……いつも彼は優しいと思う、けど。
でも今の笑顔はもっと優しいような気がして。
なぜか恥ずかしくなって、うつむいてしまった。

「今から君はフィルの弟、ルディだよ。
 兄とウェンザール家に住むことになった。ってことにした」
「わたし、フィルのおとうとの、ルディ?」
「そう。この階にいるだけなら、男装なんてしなくてもいいんだけどねえ」

アーシュが申し訳なさそうに私を見るから、安心してもらおうと口元を上げた。

「だいじょぶ、わたし、できる」
「うん、いい返事だ」

10 ・ マチ

「実はこれやりたくて男装してもらったんだよねえ」

ここは屋敷の外にある広い稽古場。
私が剣術を使うとフィルに聞いたらしく、
アーシュは嬉しそうに木刀のようなものを手渡してきた。

「しばらく誰もこの稽古場使わないから、いつでも使っていいからね。
 ……でもその前に、君のこと試させてもらうよ?」

正直まだほとんどヒアリング出来なくて、言ってることの半分もわからない。
けど、木刀同士が触れた時。体が勝手に動いていた。
アーシュに引き込まれるように、刃先が流れる。
彼が強いことはすぐにわかった。

「マチの太刀筋面白いっ……!もっと見せて!」

11 ・ マチ

容赦なく打ち込まれたのに、なぜか気持ちはすっきりとしていた。
久しぶりに体を動かしたからかもしれない。
落ち着いた私は単語帳を片手に、今朝気になったことを聞いてみた。

「……フィルはおんなのこ、きらい?」

クラリスだけじゃくてメイドさん達とも話さないし、
むしろ逃げてるみたいだし。それに。

「このふくのとき、やさしい」

アーシュから借りた服をつまむ。

「……よく見てるなあ。
 まあ、フィルのは女性嫌いっていうか……怖いんだってさ」
「こわい……」
「本人ですら原因不明で対策できないんだよねえ」

もしかして私も怖い?
責任感じて無理してるの……?

「えっと、アーシュのふく、かして、もっと」
「いいよ。俺の服もたくさん残してあるから、あとで出してもらおう」
「ありがとお!」

「剣も俺が強くしてあげる」